* 輪廻転生! *

 

もし、生まれ変われる事が出来たとしたら、何になりたいですか?
「何が一番幸せになれるかな」と色々と考えてみました。

第一に頭に浮かんだのは、『猫』。
犬の様に繋がれて散歩されるわけでなし、好きな時に好きな場所に自由に闊歩していても保健所に連れて行かれる事は無い。
従って保護されて、わずか3日後には希望しない天国へ強制的に送られてしまう犬と違って、好きに生きる権利を持っている。
飼い主がいないと絶対に生きられないと言う事はないようだし、なんたってマイペース。
甘えたい時に甘えて、飼い主の顔色を伺うなんて皆無。
そう考えると犬って、なんて可愛そうなの・・・もっと大事にしなきゃ・・!

でもね、好き勝手に生きている様に見える猫ちゃんだけど、お外は危険がいっぱい!自由の裏には責任が付いてまわる。
いきなり飛び出して車にひかれるのも、縄張り争いで傷を負うのも、自由恋愛でしょっちゅbabyが出来ちゃうのも自己責任。
もっとも飼い主さんに品格が有れば当然、避妊手術はしてくれているはずだけど猫ちゃんは飼い主を選べない。
じゃぁ〜猫ちゃんはパス。

次にうかんだのがスズメ。
大空を自由に飛べるし。
でも、食糧の保証は無いし、第一、お天気の悪い日はどうするの。
台風なんかにあったら、あの小さなからだどう守るの?
雪の日だって辛い。

じゃあ、カラスがいい。あのオイリィーな羽毛なら台風だろうと雪だろうと何てことない!精神力も強そうだし。
ただし、嫌われ者だよね。
愛をもらえないのは悲しいし、生きる意味がない。カラスの羽が黒でなくピーチピンクやペパーミントグリーンだったら、きっとみんなに愛されたと思うの。

じゃ〜何が幸せ?
結局、私の出した結論は「人間」。
人間の寿命のわずか五分の一程度しか生きられない犬に比べて、人生八十年以上!
波乱万丈、前途多難な人生だろうと自分次第。
長い人生、何度でもチャレンジ出来る特権を人間は持っているんだもの。
こんな幸せな生き物はいない。感謝しなきゃと今日の私は思いました。
元気出して行きましょ!

<2007.11.6>


* 負け犬? *

 

犬年だった昨年、TVや雑誌で「負け犬」と言う言葉をよく耳にしませんでしたか?
「三十歳以降、未婚、家庭、子供なし」の女性を総称して言う言葉だそうで?

職場では中堅となり上司と後輩の狭間で辛い立場。
でも責任持って仕事をこなし、自分の為の生活の経費(住居費、食費、衣料費、娯楽費、その他色々)を誰に頼る事なく自分自身で稼ぎ、異性に媚びる事なく、欲しい物は自分で買う。

そんな自立した女性がなぜ、「負け犬」なんでしょう?

自分なりの生き方を貫きシングルライフを選んだのかもしれないし、たまたま、縁ある人とまだ、巡り会っていないだけかもしれない。
自分の人生を他人と比較して勝ち負けを決めるのも、おかしい。
条件が揃えば幸せになれるとは限らないないし。
相田みつおさん曰く「幸せはいつも自分の心が決める」
もっともで御座います。

既婚だろうと未婚だろうと子供有り無し関係なく平凡な毎日を送れる事に心から感謝する事が出来き、ストレスを生活のスパイスとして受け入れ、食事(お酒?)が美味しいと感じれば、それでヨシ! 勝ちも負けもナシ!

そんな飼い主さんに育てられたワンちゃんは、とっても良い子になると思うの。

<2007.6.5>


* リトルハピネス *

毎日、聞いているFMラジオで、ナビゲーターの方が「貴方にとってリトルハピネスとは?」と言う問いかけが
ありました。
私の場合は何かしらん?

そうよねぇ、幼少の頃からの友達と美味しいお料理をつまみに、お酒をいただき、楽しい思い出話に花を咲かせ、そして将来を語り合う一時。

それとも、もうすぐ今日の仕事も終わる夕暮時に茜色に染まった西の空が見えた時、それとも休日にソファーに横になり、ぴったり寄り添った愛犬の体温、寝息を感じながらボ〜ッとTVを見て、「このまま冬眠しちゃいたい〜」と思いながら、いつのまにかうたた寝。

または、外出して夜遅くに帰った時、家族の者、誰も迎えてくれないけど、愛犬はドアを開けると待ってましたとばかりちぎれるほど、しっぽを振って迎えてくれる時、 そんな時もリトルハピネス。

こう考えてみると日常の中に「小さな幸せ」って数えきれないほど!
空がきれい、花がきれい!
言葉を持たない動物がたまらなく愛おしい。
そう素直に感じることが出来、心穏やかにに毎日が過ごせ、その様な事に心から感謝出来る自分でいられたら、それこそがリトルハピネス。
いえいえ、ビックハピネスかな!

<2005.11.16>


* あのね ! *

初めまして。私、ポポです。
勿論マルチーズではありません。シーズーです。
マルチーズ一筋のアントニー家のどういうわけか一員なんです。
事情があって行き場所の無くなった私をみなこ姉さんがアントニーママに頼んでくれたんです。
ママは当初、「マルチーズ以外はダメ!!」と反対しました。
お姉さんは「自分が面倒みるから」と、どうにか許してもらいました。
約束どおり、みなこ姉さんは私の世話を良く見てくれます。
う〜そ〜。
寝る時だけ自分の部屋に連れて行ってくれるだけ!
それも、自分の都合で寝る時間もまちまち。ほとんど夜中。
リビングで既に寝ている私に「ポポ、寝るよ!」とこっちの気持ちなど無視して連れていきます。
そして、今、夏休みでしょ!
起きるのはお昼近く。
そんなお姉さんにママは何時も「犬は習慣性の動物、自分の都合でポポの面倒をみない!!」と怒ります。
そして「ポポもポポ、よくお昼まで、おしっこ我慢してるねぇ〜たいしたもんだ」と呆れてます。
でも私、我慢出来なくなると「うぉ〜、ガウガウ」と訴えているのよ。

ママは「ポポと生活して、ますますマルチーズの良さが分かった。ポポちゃんは、とっても可愛いヨ!でもマルチーズの様なエレガンスさがいまいちねぇ〜う〜ん、グレムリンみたい、それともスターウォーズのヨーダかなぁ」
なんですと〜失礼な、私、れっきとしたレディーですぅ。
お姉さんなんか写真みて「ポポ、不細工〜、そこが可愛いんだよね。」
私の名誉の為にみなさま〜、この写真はね、映りがとっても悪い。ほんとの私はもっと美人よ。信じてね。
ところで、ママさん。
ポポは何故、ランちゃんをいじめるのの?って言うじゃない〜 小さくて可愛い子って、自惚れていない?
とんちゃんやヤヤちゃんみたいに体のしっかりした子って性格良いよね〜。
ママ「それはね、無いものねだり、貴女のひがみなんですから〜」「残念!!!」

<2005.8.11>


* こ・と・ば *

生き物の中で、唯一、人間は話すと言う能力を備えています。
会話の無い生活は考えられませんし、かといって特別にその事について、考えた事も感謝した事もありませんでした。
ある日、ちょっと、人間関係でつまずいた時、ふと思いました。

思いを相手に伝えたり、意見交換をしたり、楽しい一時を過ごすのに不可欠な会話、そんな素晴らしい人間だけに与えられた特権を持ちながらなんで、分かり合えないの?「言わなくても分かるでしょ!」いえ、分かりません。
「黙ってついてきて!」
はぁ〜、間違いありませんか〜?、あうんの呼吸ですか?
欧米人にはない、日本人の特有、美徳。
否定はしませんけど。

プラス思考の人は少ない会話でも良い方向に考えられるけど、そうでない人は自分勝手に思い込み、誤解したり。
自己主張が強いのも考え物だけど(反省してますぅ。)やっぱり、相手に伝えなきゃ、今、言わなきゃ!
意味のない、シャイは止めましょ。
犬界ではシャイは「照れ屋」ではなく、「性格上の欠点」ですから。
言葉を持たない犬は誤解したりする事はないのかしら?
それにしても相手の気持ちを理解する為の努力は人間以上かもしれませんね。
話しかけた時、じっと、こちらの目を見つめ、首を傾げ、耳をねかせ、誉められた時はちぎれるほど尾を振って全身で喜び。
相手に何時も真剣に一生懸命に接するのは愛犬の方かも・・・
それなのに、仕事の合間に寄ってくる愛犬に対し「忙しいからダメ、ダメ」ではなく、なぜ「ごめんね、今お仕事だから、後でネ!」と言葉をかけ、優しくハグしてあげなかったのか後悔してます。
パッコちゃん!お母さんは今でも、その時の貴方の悲しい声を覚えてます。

だから、皆様も後悔しない為に、人間、愛犬問わず、素直になってコミュニケイションを取りましょう!

<2005.4.28>


*赤い糸!*

昨年はアントニーのマルチーズを家族の一員として迎えて下さった方々、HPにお越し下さった方々、本当にありがとうございました。

皆様は、赤い糸の存在を信じますか?
縁ある人どおしの互いの小指と小指が赤い糸で繋がっていると言う、夢のあるお話・・・
人と人との出会い、生きものとの出会いって天から与えられた「縁」なんだなあとつくづく思うのです。

プライベートでも、昨年は思いがけない出会いがありました。
それまでも気に掛けてはいても、なかなか会う機会がなかった幼少の頃の友人と
再会する事が出来ました。
神様が私の潜在意識を察してくださったのか私にとって、大事な人、必要な人と判断して出会いのチャンスを与えて下さったのでしょうか・・・

アントニーのマルチーズを迎えて下さった方々も沢山のHPが存在する中でアントニーを選んで下さった事も「縁」。

それまでは、全くの他人であったのに、仔犬を通して交流が始まる、素晴らしい事です。
お正月に頂いた、沢山の年賀状、すっかり家族の一員になっている、愛情に満たされた表情の写真を拝見しますと、「みんな、幸せになって良かった」と胸が一杯になります。

赤い糸の伝説。
異性間だけでなく、縁あるもの通し全てに存在すると私は信じてます。

どうぞ、素晴らしい御家族とアントニーのマルチーズが赤い糸で結ばれていますように・・・

<2005.2.7>


*動物病院にて*

おかげさまで、アントニーの子たちは健康で、めったに病院に、お世話になる事はありません。
今回も仔犬の健康診断で訪れました。
じっとしているのが、大の苦手な私です。
それなのに、お世話になっている病院は沢山の患者さんで、超満員。
「あ〜あ〜」と思いながらも患者さん同士の会話に耳をダンボにし何食わぬ顔をして、しっかり聞いてました。

シーズー犬を抱っこしていた親子ずれに、ある夫婦が声をかけてました。
「シーズーですか?でも何か混ざってませんか?」
シーズー犬の飼い主さん、
「ペットショップでシーズーという事で求めましたが、分かりません」
決して、言われた事に対して感情的になる事なく、軽く返答してました。
私、心の中で「なんて、失礼な人、そんな事を言われて怒らない貴方はエライ」と思ってました。
確かにシーズーにしては優しい顔をしていました。
でも人間だって同じ日本人だって色々じゃないですか。
そう思っていた時、
言いたい事を言った夫婦の元に診察室から愛犬が戻ってきました。
私「わぁ〜性格、悪そう〜」
その方は、その後、初めてのワクチンを接種しに来た仔犬に飼い主さんに断わりもせず、「可愛い〜」と言って触りまくってました。

そんな時、春にアメリカを訪れた時、あるドックビーチで遊んでいる2頭の犬を思い出しました。
あまりの可愛らしさに私は滞在している息子に「写真、撮ってくる」。
息子「触っていいか、写真撮っていいか、聞くんだよ」と、マナーの行き届いた国なんですよね。
愛犬は子供と同じとは日本でも昨今、言われてますが、ベビーカーに乗っている可愛い赤ちゃんに、いきなり触るでしょうか?
仔犬にいきなり触った方の、真っ赤なマニキュアの指先が今もちらついて・・・

後日、病院を訪れた時、掲示板に「他の人の犬に触れる時は飼い主さんに了承を得ましょう」と書かれていました。

<2004.11.4>


*ありがとう!パッコちゃん*

私のブリーディングの基礎犬であった、パティ(コールネーム、パッコ)が5月29日、永眠しました。
享年16歳。
今から15年前の平成元年、アントニーのお嫁さんとして、海を渡ってはるばるアメリカから私達の元へやって来ました。

お願いしていたマルチーズの先生のお宅へ、アントニーの親元であるティンカーベルのマリコさんとパッコを迎えに行ったのが昨日のように思い出されます。

先生は2頭の牝のマルチーズを見せてくださって、どちらでも、好みの方を選んで下さいとの事でした。
マリコさんと、じっと2頭を観察しました。
なんせ私の基礎犬であり、アントニーのお嫁さんになる子ですから、慎重になります。
パッコはアントニーに比べてサイズが大きめでおっとり顔で、堂々とした、動きは、ホント、アメリカンでした。
方や、もう一頭のファンシィーちゃんは、小さめの可愛い子。どちらかを選ぶのは至難の業。

「どうしよう・・・」
そう思った時、並んで見ていた、マリコさんと私の所にパッコがやって来て私の足に前肢をかけ、
「よろしくネ!」
と挨拶するような仕草をするではありませんか!

マリコさんは、どんな犬にも、たいへんもてる方。それなのに私のところに来ました。
この事がパッコを選ぶ決め手になったのです。
家路へ急ぐ車中で「聞き慣れない日本語で不安なんだろうなあ」と思い、ラジオのFEN放送を聞かせながら帰った事を思い出します。
家に帰ると、アントニーは一目でパッコを気に入り、それは、それはパッコを愛しました。
なぜ、そう言えるかと言いますと、チャンピオン犬のアントニーには沢山の交配以来があったのにも関わらず、パッコ以外の、女の子に興味を示さなかったからです。
アントニーは本当に貞操観念の強い子で、そんなアントニーに愛されたパッコは幸せ者です。

親愛なるパッコちゃんへ!
私に、家族に、そして沢山の方々に幸せをくれて、本当にありがとう!
そして私の腕の中から、アントニーの元に旅立ってくれて、ありがとう!
そして、16年間、ほんとうにお疲れ様でした!

そして・・・
アメリカからわざわざ来てくれた事が意味のある事でありつづける為に、しっかりした、ブリーディングを心がけたいと思います。

<2004.7.1>


*市民権獲得*

3月末にプライベートの用事で、アメリカ、カリフォルニア州に行って来ました。
犬と触れ合いの全くない生活は5年ぶりになりますが、現地では当然、犬に目が留まります。
数回の海外訪問の経験の中で、今回ほど沢山の犬を見たことはありませんでした。

サンフランシスコのヒッピー発祥の地、ヘイトアシュベリーでは、それこそヒッピーの末裔と思われるような若者がしっかり、うんち袋を持ち、その始末をしている姿、ちょっと怖いと思われるピットブルテリアがしっかり飼い主さんに寄り添って歩いている姿。
日本でよく見られる、飼い主さんより我先にとグイグイと走る子や、クンクン臭いを嗅いでマーキング行為を繰り返す子には出会いませんでした。
お散歩が排泄の為ではなく、生活の一部である外出と言う位置づけなのでしょうか。
  
カーメルのビーチでは白い砂浜を、ウルフドッグとレトリバーが放し飼いでじゃれ合って遊んでいても他人に迷惑をかける事もなく、飼い主さんの指示に忠実に従い、周りの人々もその光景に騒ぐこともなく、とても自然体でした。
躾のすばらしさが犬たちの社会的な地位の確立に貢献しているのでしょう。

血統を重視した繁殖はもちろん純粋犬にとって不可欠ですが、その資質を生かした育児を心から望みたいとおもいます。
愛犬が市民権を得る為には飼い主さんが果たす役割の重要性をつくづくと感じました。

そして、どの子も綺麗でした。
それはトリミングに行ったばかりと言うのではなく、飼い主さんによる日々の、お手入れが行き届いている感じです。
「家族の一員」と自負しているのでしたら、自分の髪に毎日ブラシを入れるように、愛犬にもしてあげてください。愛犬は自分でしたくても、出来ないのですから。
私も頑張りますから、皆さんもネ!

<2004.5.7>


*一犬入魂*

テレビのドキュメンタリー番組を偶然、見ました。
線香花火を専門に製造する職人さんの話でした。
輸入の量産品の花火が多く出回っている現在、その方は、一人コツコツと手作りの線香花火を作っています。
その為、数に限りがあり、待ち望んでいる方が沢山、一年待ちは覚悟だそうです。
 ビジネスと割り切れば、機械化や沢山のスタッフを使って大量生産と言う考え方もあるでしょうけど、熟練の職人さんの作品と同じ物は出来るわけがありません。

私自身も、沢山のマルチーズを繁殖しようと思えば、犬質に関係なくどの牝にも発情ごとに出産させ、スタッフに管理を任せれば、今より多くの仔犬を得る事は可能です。
でも、自分自身でやり遂げたい!
そしてやらなければいけないのです。
なぜなら、私の意志による出産で母犬の意志ではないからです。

日々の健康管理、交配、出産の介助、仔犬の管理、出産前後は、添い寝状態、お布団で寝る事もしません。
ブリーダー自身にも母犬同様のエネルギーが必要で、それがないと決して良い仔は出来ませんし、育てられません。

花火職人さんは納得のいく仕事、こだわった仕事をなさっているのです。
魂のこもった作品を作る「職人気質」、見習いたいです。

<2004.2.24>


*繁殖について*

 皆様が可愛い愛犬の直仔を希望するお気持はとても良くわかります。
でも繁殖とは簡単なことではありません。
愛犬の繁殖は人間社会や野生の動物と違い、ほとんどが飼主さんの意思に基づいて行われるわけです。
人間の場合は、近親結婚や性格の悪い人との結婚はまず考えられません。
でも犬は違う。
子供のような存在の愛犬でも人間ではないのです。

親子であろうと兄弟姉妹であろうと、発情がきた牝を追いかけるのが牡で、そんな牡にお尻を向けるのが牝なんです。
でも、これは本能でしかたないこと。犬に責任はありません。
だから理性ある人間が導いてあげなければいけないのです。

「うちのA子ちゃんのおムコさんに、お散歩仲間のB君はどうかしら?」
「男として一度くらい経験させたい、どこかにお嫁さんはいないかな?」
というような考えでなく、お互いの血統書を見比べて血筋を確認しあったり、親元やプロに相談することが大事なのではないかと私は思います。

ちなみに一度経験した牡が、その後牝のフェロモンに悩まされることをご存知でしょうか?
一度くらいの経験なら知らないほうが良いというのが私の持論です。

そして、健全な繁殖を志したのにも関らず、産まれてきた仔犬が何らかのリスクを背負ってきてしまった場合、その仔犬に対する責任は当然、繁殖者にあり最期までしっかり育てなければなりません。
繁殖を始めて17年目になる今でも、仔犬の健康診断の時はとても緊張します。
また、犬のお産は安産なんてとんでもないことで、大変苦しみながら痛みに耐えて子供を産むのは人間と同じです。
しかし大騒ぎする人間に比べ、犬のお産は静粛なものです。
わめいたり、騒いだり、人に頼ろうとしたりせず、自分自身で頑張るその姿には脱帽です。
そして産後は熟睡することなく、24時間仔犬の世話をします。
ですから一生懸命育ててくれた母犬の為にも、仔犬たちを幸せにしてくださる新しい飼主さんを探す義務が繁殖者にはあります。

繁殖とは「命」を創り出す行為であるということを忘れてはいけないと思っています。

<2003.11.5>


ビールがおいしい季節です。
忙しい日を送った夜のビールは最高!思わず「う〜、うまいっ」と声に出てしまいます。

そんな時、我が家の”とんちゃん”(もちろんマルチーズ、やや男まさりの肝っ玉母さん)は、
「そんなにおいしいの?どんな味?」
とでも言いたげな表情でじっと私を見つめます。
ホント、出来ることなら一緒に飲みたいよネ!マルチーズ談義でも交わしながら・・。

同じマルチーズでも、それぞれ違ったキャラクターがあります。

このように一緒に飲みたいタイプの子もいれば、
代官山あたりのオープンカフェで一流のパティシエが作ったいちごのミルフィーユを食べてアフタヌーンティを楽しみたいタイプの子、
「貴方、何時も動きがいいわねェ、やっぱ筋トレ?それとも有酸素運動?」なんてNice Bodyになるための話をしたりするのがピッタリのスポーツ系、
「ビールもミルフィーユもナイスボティも興味ないわ、睡眠が一番よ。」と寝てばかりいる子。

さて、貴方の愛犬はどんなタイプでしょうか?

<2003.7.24>  


愛犬との生活、私にとっては当たり前のようになっていますが、世の中には、そうしたいと望んでも環境がそれを許さず、我慢している方もたくさんいらっしゃる事と思います。
現に本物の犬のような精密な動きをするロボットが大人気だそうです。
でも、所詮ロボットなんですよね。
血の通う体温のある生き物とは全然違います。
もちろんロボットの果たす役割は色々な状況におかれている方々にとって、大事な存在かも知れませんが、伴侶としてとして求める条件は、生き物であると私は思います。
ハグした時に感じる温かさ、胸に耳をあてると伝わる鼓動、添い寝したときに聞こえる安らかな寝息・・・。
このようなことに日々、私たちは癒されているのではないかと・・・。

家族の一員といわれ、愛犬たちの社会的地位も多少得られたような風潮がありますが、
実際には残念なことにまだまだ。
夜中に具合が悪くなっても救急車は来てくれませんし、憩いの場である公園さえ、立ち入ることができない所もあります。
もちろんその背景には、マナーのない飼主の存在も否定できません。
愛犬と生活を共にしている人は「子供と同じ」と思っていても、悲しいことに社会の中では「犬」なんですよね。
でも、その「犬」から私たちは”この子のために”という「生きる使命感」と「毎日の元気」をもらっているわけです。

世の中から民族間の争い事と動物に対する偏見が無くなることを心から望みたいと思います。

<2003.4.7>


昨秋、ジョージ・ベンソンのコンサートに行ってきました。
ジャギーなギターテクニック、アダルトでセクシーな声にすっかり魅了されてしまいました。
決してその風貌は超クールとはいえないのに、彼の歌声、振る舞いがときにグレイトであり、セクシーであり、茶目っ気たっぷりでキュートであったり。
すごいなぁ、これだけ沢山のファンを一瞬にしてとりこにしてしまうのは何故なんだろう?
実力もさることながら、彼の持って生まれたキャラクターなんだろうかと、そのテクニックにうっとりしながらも冷静に考えてしまいました。

でも、そうよ、そうなんです。
それってマルチーズも同じなんじゃないかと。
外見的に可愛いのはもちろん大事、でも内面からくる魅力。
時に活動的であったかと思うとギュッとハグしてあげたくなるほど切ない表情をしたり、人間の気持を一生懸命理解しようとするお利口さんであったり。

大好きなジョージ・ベンソンの歌声に酔いしれながら、そんなマルチーズをこれからもつくり出したいと希望に満ちた素晴らしいラブリーナイトでした。

<2003.2.17>


秋の夜長を愛犬家の皆様はどのようにお過ごしですか?

先日私は、夏の間は決して踏み入ることの出来ない屋根裏部屋の片付けをしました。
そのとき、私の子供達が幼稚園のときに愛読した絵本の中に、懐かしい一冊が目に止まりました。

題名は「さくらの下のタロ」(教育画劇)。

何度読んでも胸がキューンとして、とても切なくなります。
物語も然ることながら、イラストがとても暖かいのです。

忙しい毎日をお過ごしの皆様に、ほんのひととき、
心を暖めてくれるこの絵本、おすすめです。